私が幼かった頃、名護の桜祭りは大イベントでした。名護の桜祭りは、全国に知れ渡りました。
紅白歌合戦では、一足早く桜を披露してくれました。私が、東京で自慢できる話しでもありました。ピンク色の花をもつヒカンザクラは、とても綺麗な見ごたえのある桜です。残念ながらまだ咲いておらず名護城の一番展望の良い青少年の家まで行きコーヒーをご馳走になりました。兄弟がこうしてのんびり過ごせたのも母の思いやりだったのかも知れません。
兄弟3人で幼かった頃の思い出話しもできて私は、何か大切なものを忘れていたような気が致しました。でも遅くはない母の死によって大きなエネルギーが、わいた気分です。
まずは、健康第一に兄貴として恥じない仕事と生き方をやって行く決意です。
今年も又、帰るぞ沖縄へ
湧川哲行